こんばんは!
久々(ネタ切れ休止中)の原チャリナイトクルーズである。
私のナイトクルーズ中、(もちろん良い意味で)最も骨を折った昨夏の大阪港周遊であったが、西から進入する我々兵庫県民にとっての玄関口、大阪港クルーズの起点となる事が多かった港区弁天町。
当地を訪れると、「弁天埠頭こちら➡」といった内容の案内標示がよく目に入る。
場所柄、揚場の少し大規模な奴か何かだろうと、さして気にも留めずスルーしていた。まあその通りの揚場なのだが、この弁天埠頭、かつて別府や松山行き「定期便」が発着していた事実を後に知る事になる。
旅客船ターミナルとしては1965年開業。大阪港の中では比較的内陸に位置し、そのアクセスの良さと海風を凌ぎ易いという利点から一時は賑うが、やがて広大な駐車スペースを有する南港ターミナルへと客足が流れ、1995年、弁天埠頭発着の便は全て廃止となった、と。
・・・俄然ワタシ好みの匂いが漂って来る。
(参考記事)
かつて訪問した南港かもめ埠頭と同じく「旅客船が立ち去った港」、果たしてどのような表情を見せてくれるのだろうか。
・・・
いつもの国道43号。
あの橋を渡って大阪入りだ。
つくづく夜の都会は美しい。
余計なモノが見えないからなあ。
夏のクルーズで(むろん今回も)目印となっていた弁天町駅前のノッポビルが見えてきた。
ブログを始めたお陰でこの辺り、ワタシ的にすっかりお馴染みとなった景色だ。
が、今回は「お馴染み」弁天町駅前交差点までは行かず、その少し手前でグリッとUターンをする。
50m程先に高架下開口部がある。
一旦路肩に寄せ後続車が途切れるのを待ち(車列の流れが速い)・・・
グリッとな。
ハイ、こちら神戸方面行き反対車線。弁天埠頭の案内標示も見える。
橋を渡り終えた所でUターンし、反対車線の側道に入るイメージだ。
もうこの先は護岸。標示に従い左折すると間もなく。
到着。今はもう何もないとネットで評判の弁天埠頭前だ。
中央大通り方面から伸びる、往年のメインストリートとおぼしき片側二車線の広い通りからの眺め。
信号の先で、この広い通りがブツッと途切れるようにどんつきになっている。
こちらはどんつき側からのショット。
今は何もなくとも「船着き場」の面影は伺える。
かつて旅行客を出迎えていたであろう緑地公園。
おっ!
予期せず公衆トイレショットGET。
さてこちらが当地のランドマーク(?)、旅客ターミナル跡だ。
加藤汽船ビル、が登記上の正式名称らしい。
廃墟然としているが、現在デザインオフィスが「入居」している。
全く、粋な御仁もいたモノである。この世知辛い世の中も、まんざら捨てたもんじゃない。
深夜にも関わらず、館内まだ明りが灯っていた。
ターミナル跡の隣、当時のハイカラなベイサイドホテル、といった所か。
船が立ち去った後、隣接する国道43号を日々爆走する長距離ドライバーさん常連宿として賑っているとか。こちらも「拾う神」あったようだ。
で、道路を挟んで旅館の向かい、これまた昭和な食堂。
現役のレトロ看板だ。
商業施設はこの昭和感全開の旅館と食堂の二軒くらい。
それでは、埠頭への「侵入」を試みる。
バリケードが設置されているが、クルマ一台通れる位のスペースが開けられている。
なになに一般「車両」は立入禁止か。徒歩なら関係者以外の立ち入りは「ご遠慮願います」であって「立入禁止」ではないのだな?よし、では「遠慮」せず中を見せてもらう(下衆)。
とは言え、少々緊張感は走る。いや、オバケや不審者ではない。過去記事でも触れた通り、近年、事故防止の為こういった揚場は鉄柵で囲われ、部外者の立ち入りを完全シャットアウトしている場所が非常に多い。
まあ見つかって怒られたら平謝りで退散するだけなのだが、それでも気付くと道端の暗がりを足音を立てずに歩いている。今日び、こんなシチュエーションではこちら側が立派な不審者なのだ。
・・・
バリケードをくぐってスグ右手にも公園があるが・・・。
こちらは廃公園とまでは行かずとも限りなくそれに近い。
近くにマンションやオフィスも林立している訳だし、草刈りだけをして足元の安全を最低限確保しているといった具合だ。
大きな港湾倉庫が建ち並んでいる。
どれも年季の入ったモノだ。
一番手前はゴミ箱代わりか。
一体どんな使い方をしているのだろう。緑色の台はトレーラーのウマ、かな?
おっ!
ええ感じじゃないっスか!?
防潮ゲートをくぐる。
広っ!!
間口奥行き共、揚場としてはむしろオーバースペックでは!?大型のフェリーや旅客船がかつてここに横付けされたのだろう。
岸に沿って散策する。
私の大のお気に入り、咲洲の「バブルタワー」も見える。
他のエリアも見たい所だが、この広いバースに通じる一ヶ所以外、全てゲートが閉まっている。
しゃーない、一旦バリケードの所まで引き返す。
・・・
しばし、ご町内を徘徊する。やはり揚場にしては広い港だ。他にも埠頭への入り口があるかも知れない。
おおっ!!
どーれどれ!
私同様、「遠慮なく」立ち入る部外者が後を絶たぬようだ。
魚釣りは分かるが、こんな所でボール投げ!?
お約束(笑)。
「知らんがな。」ってか。
さて岸壁に沿って進んで行くと、行く手に先程と似た風景が。
右手方向に目を遣ると、(画像中央やや右)最初に立ち寄った広いバースが見える。
どうやら南側対岸の突堤に出たようだ。
こちら南側埠頭、深夜でも解放されているゲートが多い。
船も停泊している。
画像少し暗くなったがこちらにも。
夜間に発着する船は、ここ南側埠頭に案内誘導されるという事だろうか。
いやしかし、私のブログの柱である原チャリナイトクルーズ、目下ネタ切れで更新は滞る。そんな中、果たして記事になる物かどうか、正直あまり期待していなかったのだが、弁天埠頭、いいね!ここ。
昔懐かしい「昭和の波止場」まんまの光景だ。
ワビサビは醸しつつも健全に、必要以上に荒れ散らかす事なく「あの時のまま」時間が止まっている感じ。
昭和の名曲を鼻歌で歌いつつ、歩く歩く。
「あんたあたしのたったひとつの青春やった・・・♪」
ここは残念ながらハイティーンブギではない。
・・・
なるほど。
確かに縁もゆかりもなく「弁天」なんて町名もないだろう。かつて当地に弁財天を祀ったお社があり、今こうして小さいながら有志達の手によって「再興」された、と。
無意識にポケットの小銭入れに手が伸びるが賽銭箱がない。
すっかり暖かくなったこの週末、散策中にも「フォーフォンフォンフォーフォンフォン!」と旧車會サウンドが方々から絶え間なく木霊する。そんな所に現金の入った箱など置かないが吉、という判断か。
このガラの悪さとホッコリ人情が常に同居している所が、何と言っても大阪という町の風情、情緒である。二礼二拍一礼をして、この可愛らしいお社を後にする。
大阪港散策の起点として、私の中で何となく存在感のあった当地だが、今回町名の由来となった神様の御前にしゃしゃり出る事ができた。
という事で、往年のメインストリートを気分良く、悠々と流して帰るとしよう。
お読み頂き、ありがとうございました。