這い上がる!?

工場労働者の日々の小さな煩悩ブログ

寂寥の地。

こんばんは!

 

昭和の頃の話である。小節の効いた女性の歌声で、

 

「♪♪とーじょーこランドっ!」

 

の一節で締められる遊園地のCMをご覧になった事はないだろうか?私もこのCMを初めて見たのは関西に出てくる以前の事で、恐らくこのCM、全国展開されていた筈である。

 

2月19日、雨の日曜。降水確率40%以上でバイクはもうNGだ。歳取ると、悪天候をついて走る気力、体力共に失せている。東条湖散策を思い立ったが、ムーブ号で向かうとするか。

 

昔ツーリング中に道に迷い、うら寂しい山の中で、予想だにしない(あたかも砂漠の蜃気楼の如く)賑やかな場所に突然出くわし、「ああ、ここがあのCMの・・・!」と、当地への初めての訪問は、鮮烈に印象深いものであった。

 

1969年、東条湖のレイクリゾートと、隣接する土地に遊園地とゴルフ場を整備し、「大人も子供も楽しめる」を謳い文句にスタートした一大リゾートプロジェクトであるが、さて、その「リゾート地」の現在の姿である。

 

自宅から東条湖方面へ向かうには、まず六甲山を越える必要がある。

本日は天気もダメだが、最高出力3.4馬力の愛車モンキーには相当な難所だ。

 

六甲山を越えたあたり。

やみかけだった雨がまた降ってきた。「山の向こうは気候が違う」兵庫県住まいのバイク好きには常識だ。

 

六甲山を越え国道176号に合流。

ちなみにここがあの橋桁落下事故の現場。作業員の方複数名がお亡くなりになった痛ましい事故だったが、加えて地域の「大動脈」である国道176号が落ちた橋桁で完全に寸断され、当時大変な騒ぎになったものだ。

 

国道176号から別れ、三田~吉川~三木と繋がる県道17号へ。

竹取物語の発祥地なのか知らないが、「竹取ロード」のペットネームが付けられている。天気が良ければ好きなプチツーコースでもある。

 

そのプチツーコースから外れ、東条湖方面へ。

別れ道の交差点を少し過ぎた所だが、この辺りからどことなく漂う寂しげな雰囲気。

 

到着!

日曜にも関わらずこのガランとした駐車場、現在の東条湖のまさに看板代わりとも言えよう。

奥に見える喫茶店もとうに営業はしておらず、漁協さんだったか近隣設備の管理組合さんだったかの事務所として再利用されている。

 

結論を言ってしまうと、2000年5月、三本柱(遊園地、ゴルフ場、レイクリゾート)の一角であった遊園地東条湖ランドが閉園。以降、当地は人々の記憶からゆっくりと消え始める。諸行無常、兵共が夢のあと、である。

 

当時のまま時が止まっているモノ。

建物自体はさほど朽ちてはいない。季節営業でもしているのかな。

 

では、

この褪せた看板を横目に、レイクリゾートの玄関口、桟橋を望む。

手漕ぎ足漕ぎの小型ボートのみならず、昔はここから西部開拓時代の外輪船風の遊覧船が出ていた。

 

遊覧船に乗ると、写真中央やや左、海峡状に狭くなっている所を抜け、湖の奥へと進んで行く。すると両岸がどんどん近づいてちょっとした川幅並みになり、「おいおい大丈夫か。」と思った所で船はUターンをする。Uターンした所で前方に目をやると、先程船出した桟橋が見えている。あとはそこに向かって帰るだけ。

 

人生で一番ツマラナイ遊覧船であった。

 

しかしそのショボさと頑張ってます感はなかなかワタシ好みではあったが。

 

桟橋の公衆トイレ付近。

一瞬ギョッとするが、その外輪船風遊覧船に作り付けてあったハリボテ。そうそう「ミシガン号」と言ったかな。今は琵琶湖を走っているとか何とか。

 

他にも、

桟橋付近で朽ちていた思ひ出のかけら

 

この建物は確か、

レストランか何かだったと記憶しているのだが、

あ、やっぱり!

 

一方、道路を挟んで向かい側。

ここは入った事がある!外観からそば屋か何かだろうと思いきや本格割烹で、仕方なく鮎塩焼き御膳を注文した。昼飯予算オーバーだったが、旨かった。

 

その「元」割烹の裏手。

東条湖では最も広い駐車場。

 

どんつきまで歩いてみる。

この景色、好きだった。天気が良いともっと遠くまで見渡せる。

 

踵を返す。

この広大さが逆にわびしい。

 

こちらの駐車場の隅にも、

思ひ出のかけらだ。

 

おっ!

東条湖に生息するフナやトノサマガエルを展示する入場無料のミニ水族館。こちらは健在のようだ。

 

それでは、問題の東条湖ランド「跡地」へ向かってみよう。

100m程先だ。

 

この通り、

現在は「おもちゃ王国」という別のアミューズメント施設が入っている。

まあここはそれなりに客も入っているようだ。

 

しかしご存じの方もおられるだろうが、このおもちゃ王国、閉園した遊園地やテーマパークの跡地を再利用する形で全国展開しているアミューズメント会社であり、東条湖全体のリゾート開発、運営にはタッチしていない(多分)。

 

つまりこれがここにある事自体、東条湖リゾートが既に空中分解している事の、何よりの証なのだ。

 

おもちゃ王国の向かい、往年の巨大プロジェクトの落とし子、巨大観光ホテル。

ここもいっとき荒れかけていたように見えたが、どうやらちゃんと営業できているようだ。

 

がしかし、

ホテルに隣接するカフェレストラン、ここはがっつりシャッターのようだ。

芝生の天使も悲しげに俯いている!

 

日本初(?)のループコースター。

駅舎とレールの一部を記念に残してあるらしい。湖へ戻る。

 

時折クルマが通り過ぎて行く。

立ち寄る者はいない。

 

しっかしここ、地名からしてヤバいな。

そのままクロダニと読む。金田一耕助が全力で走ってそうな地名だ。

 

広告の付かない白い看板。

悲しいかな現在の当地を雄弁に物語っている。

 

保養(研修?)施設だったようだ。

こちらもナカナカ・・・。

「私有地」か。一体どのように活用しているのだろう。

山菜採り位か(失礼!)。

 

 

・・・

 

前回記事で「廃墟」について少し触れたが、ここは周辺一帯が広大な公園のようなもの。その「公園」内に廃墟や荒れた景色が点在しているワケで、割と気兼ねなく、かつ安全にそのワビサビ枯れっぷりを「鑑賞」できる。

 

崩壊、崩落の危険性なり、ガラス片や金属片が足元に散乱していたり、あるいは得体の知れない人間がたむろしていたりといった心配は無用だ。

 

寂れたりとは言えこの高度成長時代の巨大リゾート跡、今なおアミューズメント施設としては(全体的に見れば)立派に稼働中、営業中であり、ツーリング、ドライブ時の休憩散策ポイントとして充分利用できるレベルにある。

 

さすがに原チャリナイトクルーズでは射程圏外だが、実は地元近辺で好きな場所の一つだ。「♪とーじょーこランドっ!」の歌声が遥か時の彼方に消え失せた今も、こうして度々訪れ散策を楽しんでいる。

 

華やかなりし頃も見れたからこその諸行無常の響き」、いやカクベツである。

 

佳き時代に湖畔に建てられた別荘群、今破格値で叩き売りされている物件も多いとか。ちょっと検討してみようかな。なんてね。

 

・・・

 

そんな東条湖を後に、3km程離れた所にある道の駅。

中国道ひょうご東条IC降りてすぐ、という事もあり、こちらはこの通り大盛況。なんちゅーか・・・。

 

この地を訪れると、寂寥感と共に一つ強い疑問が常に付いて回る。なぜここにリゾート計画を立ち上げたのか、長い目で見て「勝算」はあったのか、という事である。

 

そもそも東条湖とは何ぞや?

この通り、付近の農業灌漑を目的とした、何の変哲もない人造湖である。

 

このダム湖人造湖という奴、自然を完全に排除する訳ではないが、やはり大きく手を加える「人工物」であるせいか、どこか暗く寒々とした嫌な雰囲気を持っている。明るく解放感溢れる天然湖とは似て非なる物。

 

当時如何に娯楽が少なかったとは言え、殺風景な人造湖での水遊びなど、果たして喜ばれたのであろうか。レイクリゾートをぶち上げるには、そもそも素材が貧弱過ぎやしないか?

 

遊園地、ゴルフ、レイクリゾートと、現代から見れば「昭和コンテンツ」で片づけられてしまうのであろうが、当時の感覚でも、これだけではいささか物足りなくはないか。アレが欠けているではないか、アレが!

 

多くの日本人の旅情をそそり、田舎に人を呼びカネを落とす全知全能にして唯一絶対神「温泉」だ。

 

さあどうする!?

 

掘るべし。

 

是非もない。今時民間の建設会社でも、1000メートルもボーリングを打ち込む技術は持っている。それだけほじくり返せば何かしらは出てくる筈。近年流行りの都会の温泉など、皆この工法で地下深くから「日本人の大好きな物」を汲み上げているではないか。

 

バス、わかさぎ釣りにオートキャンプといった「手持ちのカード」は最大限応用してもらうとして、加えて温泉堀りだ。温泉旅館やスーパー銭湯建設用地など域内にいくらでもある訳だし、オートキャンプと合わせ技でプロデュースしても面白いかも知れない。

 

やるしかないな!会津の金言「成らぬは成さぬ」である。昔日の、うら寂しい山中に忽然と現れる賑やかなオアシス。復活を期待したい。

 

 (ワビサビ廃墟美で行くなら、それはそれで良いが。)

 

読んで頂き、ありがとうございました。